先日、そろそろまた読み直したいなとヴァン・ダイン『グリーン家殺人事件』(創元推理文庫版)のページをパラパラめくっていると一枚のレシートが挟んであるのを発見した。この本を購入したメトロ書店本店のもので、日付は2009年2月28日。約十年前のものである。色あせて印字も薄れかかっているレシートの裏側にはミミズののたくったような字が黒のボールペンでビッシリ書かれている。私の筆跡だ。
内容はいわゆる「犯人あて」だ。実を言うとこの『グリーン家殺人事件』は私にとって「推理」に重点を置いて読んだ作品であり、レシート裏の書き込みは本格ミステリの古典的名作に果敢に挑むも推理に失敗した若き日の記録でもある。
この本を購入した日は高校の卒業式前日、式が終わり三月の下旬には進学の為県外へ旅立つ。不安と期待の入り混じる中、私はただ本を読み、気を紛らわせた。この本もその中の一冊だ。犯人あての結果は散々であったが、一つ屋根の下に住まう一族の骨肉の争いと連続殺人の謎、そして作者一流のペタンティシズムに魅了され、同じ時期に古本屋で購入した『夢野久作全集』(三一書房版)鮎川哲也『黒いトランク』(光文社文庫版)とともに、ますます探偵小説にのめり込む大きなキッカケとなった。
あれから十年近く。私は今、故郷長崎で日々の勤務に励みながら、相変わらず探偵小説を愛好している。この『グリーン家殺人事件』を買ったメトロ書店本店にお目当ての新刊が並ぶのを毎月の楽しみにしつつ――。
再読という当初の目的を忘れ、過ぎ去った日々と現在についてしばし感傷にひたった休日のひとときであった。
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